自分のルーツに興味はありませんか?
皆さんは、自分のご先祖がどこで暮らしていたのか、どんな人生を送っていたのか、ご存じでしょうか?
私は、今から20年ほど前に父から渡された一枚の家系図を持っています。
この家系図は、父の兄が以前調べて作成したものです。
そこには、
「S56.5.19」
という記載があります。
昭和56年は西暦1981年。
つまり、今から約45年前に作られた家系図です。
200年前のご先祖
この家系図は、私から見て祖父母を起点として、父、祖父、曽祖父、高祖父、そして高曽祖父まで記されています。
高曽祖父については名前まで。
そして高祖父については、名前だけでなく、
生まれた日、亡くなられた日
まで記録されています。
生まれた年を確認すると、
文政元年(1818年)
でした。
今から約208年前。
時代でいえば、江戸時代後期です。
「200年以上前」と考えるだけで、急に遠い昔のことのように感じます。
でも、そこに自分の先祖が実際に生きていたと思うと、なんとも不思議な気持ちになります。
1818年、江戸時代の日本
せっかくなので、文政元年がどんな時代だったのか、少し調べてみました。
当時の将軍は、江戸幕府第11代将軍の徳川家斉。
そして、伊能忠敬による全国測量が進められていた時代でもあります。
伊能忠敬が測量・製作した「伊能図」は、文政4年(1821年)に「大日本沿海輿地全図」として幕府に上呈されました。
つまり、私の高祖父が生まれた1818年からわずか数年後には、日本全国の地図づくりが大きな節目を迎えていたことになります。
そのほかにも、この時代には外国船の接近が問題となり、幕府が対外政策をめぐって対応を迫られていました。
さらに、後の日本の歴史を大きく動かす人物たちも、この時代の前後に生まれています。
学校の授業で学んだ歴史上の人物と、自分のご先祖が同じ時代を生きていた。
そう考えると、教科書の中の「歴史」が、少し身近なものに感じられます。
私のルーツをたどってみると
現在残っている家系図から、私のルーツをたどってみました。
高曽祖父(自分から5代上)
約200年前には、現在の埼玉県比企郡小川町にいた。
高祖父
現在の栃木県足利市五十部町にいた。
祖母
現在の栃木県足利市助戸3丁目にいた。
200年前から現在まで。
ご先祖が暮らしていた場所を一つひとつ見ていくと、家系図が単なる「名前の一覧」ではなくなってきます。
そこには、
「この人は、どこで暮らしていたのだろう?」
「どんな仕事をしていたのだろう?」
「どんな家族だったのだろう?」
そんな新しい疑問が生まれてきます。
そして、その先にはきっと、まだ知らない家族の歴史があるのだと思います。
200年後の子孫へ
ここまで家系図を見てきて、ふと思いました。
200年後の自分の子孫に、何を残せるだろう?
今から200年前の家族については、名前や生年月日、暮らしていた場所などが、家系図という形で残っています。
では、200年後の子孫が今の私たちを見たとき、
「この人は、どんな時代を生きていたのだろう?」
「どんなことを考えていたのだろう?」
「家族にどんな想いを持っていたのだろう?」
そんなことを知ることができるでしょうか。
そう考えると、単に家系図を最新の状態に更新するだけではなく、
「その時代を生きた家族の記録」
を残していくことも、大切なのかもしれません。
「家系図」から「家族の物語」へ
今の家系図を、これから少しずつ読み解いていきたいと思っています。
分かる範囲で名前や生年月日、暮らしていた場所を整理する。
さらに、写真や思い出、家族から聞いた話なども残していく。
そうすれば、単なる家系図ではなく、
「我が家の歴史」
として、次の世代へ引き継いでいけるのではないでしょうか。
そして、いつか200年後の子孫がこの記録を見つけたとき、
「自分たちの先祖は、こんな時代を生きていたんだ」
と感じてもらえたら、とても素敵なことだと思います。
家族の歴史を、次の世代へ
相続について考える仕事をしていると、財産だけではなく、家族の想いや歴史も次の世代へつないでいくことが大切なのではないかと感じることがあります。
今回、改めて自分の家系図を見て、まさにそれを実感しました。
45年前、父の兄が調べて残してくれた家系図。
そこからさらに200年以上前へとつながる、ご先祖の記録。
今度は私が、次の世代へ何かを残す番なのかもしれません。
まずは、もう少し時間をかけて、この家系図を読み解いてみたいと思います。
そして、できれば「最新バージョンの家系図」をつくって、家族に引き継いでいきたいと思います。
200年前のご先祖から、200年後の子孫へ。
家系図をきっかけに、家族の歴史をつないでいく。
そんなことを、これから少しずつ考えてみたいと思います。


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